展開が早い早いと思いながらも、改めて今月号の扉絵を見ると、今回で第5話ということに地味に驚いております。毎回の頁数が多い所為か、何気に一年近くは連載している雰囲気がありましたので。尤も、色々と駆け足気味に進んできた今までと異なり、今回は歴史に大きな動きなし。久しぶりに落ち着いた内容でした。武器を使わない拳と拳の勝負も見られたのも満足です。前半は劉邦と黄石、後半は樊噲と窮奇の熱い絡みが描かれた今回のポイントは3つ。
1.馬鹿
黄石「この人……大愚(おおばか)だ」
林秀は『丈夫』。項伯は『大丈夫』。そして、劉邦を評する黄石の言葉は『大愚』でした。確かに底の抜けた大器者と呼ばれる劉邦に相応しい評価ですが、こうなると黄石が項羽を如何なる言葉で評するか気になります。『鬼』? 『修羅』? 『悪魔(ディアーボ)』? 或いは黄石=虞美人説が正しいとしたら、ウッちゃん&ケンちゃんに出会った時の静流さんのように一目惚れで言葉にならないという可能性もあり。
さて、その大愚・劉邦。言葉の冒頭に矢鱈と『あ~』という前置きがつくのは、山田さんに近い印象を受けました。山田さんほどに嘘はうまくなさそうですが、切所で見せる怖さはいい勝負かも。白蛇を斬る回想シーンではなかなかに怖い表情を見せていましたし……いや、でも、この話自体が蕭何のデッチアゲなので、やはり、単純に底抜けの大器者という存在なのでしょう。キャラデザ的には今までの川原センセにないタイプですが、容貌よりも印象に残ったのは冠。『項羽と劉邦』でも描かれていたように、劉邦が身に着けていた冠は一種独特のデザインで『劉氏冠』と呼ばれたそうで、連載前に川原センセが『言葉としては伝わっていてもデザインは判らない』とボヤいていたのを思い出しました。成程、こういう形になりましたか。確かに竹の皮をベースにしているっぽい。
そして、有名な赤帝伝説ですが、
張良「たしかに秦は西域ゆえか白帝を祀った。それを斬るのは良し。しかし、赤帝は龍の姿をしているわけではありませんし、南方の帝。沛は東方でしょう」
と痛烈なダメ出しを食らってしまいました。『そ、それでも秦の国都よりは南方にあるから』という蕭何の震え声が聞こえてきそう。やってしまいましたなぁ。尤も、劉邦本人は、
こまけてこたぁいいんだよ!
ですませてくれそうなので問題ないでしょう。
2.武力60知力35くらい
盧綰「戯(しゃれ)だよ、戯。怖い顔すんなよ、でかいの」
如何にもパラメータが低そうな容貌で登場した盧綰。『赤龍王』でも新参の張良の策に最後まで文句タラタラで従っていました。ついでに張良の策が図に当たるや、光速の掌返しを見せました。更に友軍の項羽に函谷関の扉を閉ざして、これを激怒させるという、いわゆる『鴻門の会』の契機をつくった人物にされていました。でも、盧綰であればさもありなんという感じがしないでもありません。蕭何や曹参や周勃や後述する樊噲と異なり、才気走った逸話の少ない盧綰は劉邦軍のゴロツキイメージを一人で背負わされることが多いです。次郎長一家における森の石松のポジションなのでしょう。劉邦も才気走ったところがないからこそ、盧綰を無二の近臣として重宝したのだと思います。
尤も、盧綰も天下を取って以降に猜疑心の塊となった劉邦への恐怖に駆られて、国外に逃亡します。上記の『赤龍王』のラストページでは淡々と功臣粛清の様子が文章で綴られるのですが、
『盧綰、誅殺を恐れて国外に逃亡』
の一文を読んだ時は妙な笑いが込みあげてきたのを覚えています。考え過ぎだろ。身の程を知れ。まぁ、韓信や張良であればまだしも、盧綰の謀叛を恐れるという段階で晩年の劉邦の耄碌ぶり&親・劉邦派の追い落としを図る親・呂后派の審食其の悪辣さが窺えるともいえますが。
3.マカロニウウェスタン
窮奇「己より強い者がいたら、そいつはもはや人ではない(キリッ
樊噲「そいつは、凄えや」
結果的に項羽を人でなしと罵ることになった窮奇の煽り文句。ここまでいった以上、項羽との闘いでは完勝してくれるものと信じたいです。今までの描写ではよくて相討ちと思いましたので。樊噲の弟分との戦いでは裏拳に見せかけて、ガラ空きのボディに一発、と思わせての顔面への寸止めという芸の細かさを見せてくれた窮奇。何やら、武器を持たないほうが強そうに見えます。
さて、樊噲との戦いは愚地独歩好みのド正面からの拳の語らい。樊噲は歴代の川原作品だと『刻』の弁慶クラスかな。強くはあるけれども、ギリギリのラインで最強クラスには届かない感じ。その代わりに何気に聡明で相応の器量もある描かれ方でした。創作作品では猛将のイメージが強い樊噲ですが、史実では咸陽で乱取りを仕出かそうとした劉邦を制止したり、上記の『鴻門の会』では項羽の非を鳴らしたりと、なかなかに物事の理非を弁えた逸話が多いので、本作の樊噲は私のイメージと結構合致していて嬉しいかぎりです。尤も、キャラデザは明らかにラストページで引用された許褚の容貌に近いですね。身長八尺、腰が十囲というアンコ型の許褚そのもの。許褚は当時の人間からも若干抜けているんじゃあないか(虎痴)と陰口を叩かれていましたので、その辺は樊噲と真逆の人物といえるでしょう。
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