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荒川弘版『アルスラーン戦記』第33章『サームの帰従』感想(ネタバレ有)

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田中芳樹「先日、原作小説『アルスラーン戦記』の第15巻を書き上げました」(作者コメントより)

遂に最終巻まで@1冊となった原作小説。原作が未完であるがゆえにスローペースの展開を余儀なくされていた本作ですが、これで荒川センセも原作に追いつく心配から解き放たれるのではないでしょうか。尤も、最終巻の刊行が四半世紀後になる可能性も完全に否定できないのが原作者の為人。『地獄の門』が未完成で終わったことを揶揄された時に、

「世に著名な大聖堂で完成に至った建物が幾つあるのか?」

と開き直ったロダンのように、クリエイターとは得てしてそういう感性の持ち主であることが多いですので。久しぶりの……というか、今年に入って初めての主人公登場となった今回の『アル戦』のポイントは3つ。


1.狭量

ヒルメス「その剛直、気に入った」ニィッ

ヒルメス「正統の王に対し、どこまでも反抗的な態度……許せん!」ズバァッ

序盤の回想シーンで『万騎長が膝を屈する相手はパルスの王族のみ!』というサームの剛直さを賞賛したヒルメスですが、中盤の黒人奴隷が見せた矜持には残刑を以て報いたヒルメス。黒人奴隷にしてみると解せぬの一言に尽きるでしょう。結局、ヒルメスが評価する相手とは即戦力になる人材のみということでしょうか。意外と狭量。まぁ、使える手駒がザンデしかいないという現状を考えれば、スカウト即戦力になる人材を優遇する&味方になりそうもない相手は殲滅するという判断は間違っていないのですが、そうした冷徹な計算に基く判断というよりも、ヒルメスに巣食う抜きがたい正統意識が下した『懲罰』であったことは否めません。つくづく、仕えにくい君主だよなぁ。アルスラーンは例外としても、ラジェンドラやギスカールのほうが遥かに仕えやすい君主といえるでしょう。イケメンにかぎらないという稀有な例。いや、ラジェンドラもギスカールも相応の美男子ではあるのですが。
序盤のサームの描写では、傷が癒えていない頃よりも現在のほうがやつれているのがイイですな。身体の傷よりも、心の傷のほうが遥かに肉体を蝕むものですからね。


2.フラグメーカー

ギスカール(久しぶりにゆっくり休めそうだ)
モンフェラート「お休みのところ、申しわけありません、ギスカール様」
ギスカール(ぬわああん疲れたもおおおおおおん)


迂闊にも安堵の心境を独り言ちってしまった王弟殿下。案の定、部下の注進で安息の時は先延ばしになってしまいます。ゆっくり休めるとかいいつつ、どう見てもペラギウス並みに【ハッスルハッスル】するつもりなのは明白とはいえ、あまりにも不憫。世の中、真面目に働く人間が損をするようにできているからね。仕方ないね。それにしても、モンフェラートの声を聴いた時の王弟殿下の表情ときたら……先回の『落ち着かれよ、兄者』を軽く凌駕する渾身の顔芸でした。絵画的なタイトルをつけるとしたら『絶望』か『諦観』になりそうです。
続けざまに報じられたボダンによる用水路の破壊。王弟殿下は『やっていいことと悪いことの区別もつかんのか』と激怒していましたが、最終的には用水路の破壊に伴う水不足、食料不足がギスカールの敗北に繋がったことを思うと、ギスカールを陥れる手段としては正鵠を射ていたといえるでしょう。ボダン、意外と有能?
一方、ボダンが去ったあとのエクバターナでも、ルシタニア兵による異教徒狩りが横行していました。ボダンを善悪の区別のつかない猿と罵った王弟殿下ですが、自分も似たような所業を制止できなかった点で、他人のことを悪く言うのも考えものです。この場面では芸人や歌手までも異教徒狩りの対象とすることに『ルシタニア人は人生の楽しみを知らないのか』と評したヒルメスの部下の発言が素晴らしい。しかし、異教徒狩りを見るヒルメスはどことなく楽しそうな表情を浮かべています。彼にとっては僭王を頂く民衆が興じる芸能に価値を見出す気にもなれないのでしょう。ナルサスから『復讐という動機にさえ固執しなければ、パルスの歴史を見渡しても屈指の国王になれる』と評されたヒルメスですが、彼が玉座に就いても文化事業には興味を示すことなく、パルスの芸術は停滞の一途を辿ったかも知れません。まぁ、斯く評するナルサスが宮廷画家を務めている段階でアルスラーンの文化事業も大概なのですが。


3.主役登場

アルスラーン「あれがペシャワール城だ!」
ギーヴ「やっとですか!」


尚、到着までに更に一悶着ある模様。

ギーヴならずとも『やっとですか』といいたくなった、当座の目的地ペシャワールの登場。続くエラムの台詞でシンドゥラやチュルク、トゥラーンという国名も出てきましたが、

到着してからも更に一波乱ある模様

なので今年中にラジェンドラが登場するかどうかもあやしくなってきました。荒川版ラジェンドラよりも、冒頭で触れた原作最新刊のほうが早く世に出そう。まぁ、長く楽しめるのはありがたいことではあるんですが。

ロダンの言葉抄 (岩波文庫 青 554-1)/岩波書店

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