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『八重の桜』第27回『包囲網を突破せよ』感想(ネタバレ有)

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今回はちょっと怖かったですよ。本作の脚本家さんは時々、こーゆー怖いことをサラッと描くことが侭あるんですが、今回は極めつき。何が怖かったかって、


山川大蔵の彼岸獅子入城のマイナス面を併記する冷厳さ


ですね。この逸話は私も二年越しで楽しみにしていましたし、会津戦争で殆ど唯一の痛快な話です(つーか、他は悉く欝な逸話しかない)し、これが終わってしまうと@2ヶ月は欝な展開しか残されていないですが、単なる景気のいい話で終わらせるのではなく、彼が無傷の手勢を率いて入城を果たしたことで、開城、降伏という無益な犠牲を出さずにすむ選択への方途が閉ざされてしまった現実も描いていました。頼母が容保に開城を求める場面で、山川の帰還を伝えに来た秋月に対する空気読めみたいな西田さんの表情がそれ。今回は前半~中盤にかけて、これでもかと欝な逸話をテンコ盛りにしたのは、終盤の彼岸獅子のカタルシスを倍増させるためと思っていたら、そこにも第三者による透徹した視点が隠されていました。この先暫くは給水所がないので、今回くらいは無条件で喜ばせてくれると思っていましたが、手にしたボトルに入っていたのはスポーツドリンクじゃなくて経口補水液でした。微妙に口当たりが苦かったなー。まさに病院食大河の面目躍如。それでは本編の感想いきます。


1.日新館焼失


会津の臨時野戦病院ともいうべき日新館の焼失。先回の記事でも触れましたが、会津には新政府軍が何処に来た時点で籠城態勢に移行するかというプランがまるでなかったため、この日新館への避難勧告も全くなされないままでした。作中では自分たちの意思で生死を決めたように描かれていましたが、実情としては炎に焼き殺されるは自害したほうがマシという悲愴な選択であったようです。現実に当該施設から瀕死の父親を背負って生命がけの脱出を果たした少年は、


「ベンチがアホやから、まともに戦もできへんねん」(概ね直訳)


と会津首脳部を痛烈に批判しています。この点、榎本武揚は善くも悪くも西洋かぶれの合理主義者ですから、函館戦争では休戦期間に戦傷者を湯ノ川温泉に移送する旨を、ちゃっかりと新政府軍に要請していますね。


2.グダグダ軍議


今は亡き三郎がブッたてた小田山からの砲撃フラグに脅える会津首脳陣。そのグダグダっぷりが半端ない。特に小田山に対する備えの拙劣さは目を覆うばかりです。


梶原平馬「拙劣に動いて小田山の重要性を敵に知られるとまずいし、ここは近くの天寧寺付近まで兵を出すってことでどうよ?」


敵に小田山の重要性に気づかれたうえに兵力不足で奪還もできないという中途半端極まる作戦をありがとう。虻蜂取らずとはまさにこのこと。この小田山は会津戦争の榎峠、或いは二百三高地ですから、攻撃の人員が足りないとかいって躊躇している場合じゃないんです。本拠地がガラ空きになる危険を冒してでも、現有戦力の全てを投入して確保しておくべき場所でした。口では絶対降伏しねーぞとか吠えていますが、肝心の場面で兵力を出し惜しみする点で彼らは真の勇者とは呼べません。


ダージリン「土壇場を乗りきるのは勇猛さじゃないわ。冷静な計算のうえに立った捨て身の精神よ」


聖グロリアーナ女学院……じゃない、ノムさんの格言が身に沁みますなぁ。

案の定、小田山を新政府軍に奪取されてしまう会津軍。ついでに城外に備蓄していた火薬(城内に蓄えておくと危険だからね)の大半をも奪われてしまいます。この時点で会津の勝ちの目は完全に消えた。新政府軍は小田山の守りを固めつつ、鶴ヶ城に砲弾を撃ち込めばいい。それは戦というよりも流れ作業のようなものです。会津軍が小田山を奪還しようにも、火薬がない以上、新政府軍に勝つことはできない。遅かれ早かれ、会津の敗北は決したといってよいでしょう。更にいえば踏ん張れば踏ん張るほど無益な犠牲が増えるという構図です。頼母にはその流れが見えているから、和議を口にしますが、こうした当たり前の視点が当たり前に通らないのが敗北に直面した組織というもの。『戦は始まったばかり』とか『冬が来れば有利な条件で和議を結べる』など、全て非論理的な希望的観測ですね。


「戦線から遠のくと楽観主義が現実に取って替わる。そして、最高意志決定の段階では現実なるものはしばしば存在しない。戦争に負けている時は特にそうだ」


そんな特車二課の昼行灯の独白が聞こえた気がしました。

ただし、本作の頼母の視点は概ね、後世の、或いは脚本家さんの視点に準拠しています。実際は籠城初期の鶴ヶ城内部には講和を望む声がありましたが、それらの声をツブして回ったのは実は西郷頼母でした。彼にしてみれば、


西郷頼母「このガキが! 俺をナメてんのかッ! 何回教えりゃあ理解できんだコラァ! 今まで散々、和睦を唱えてきた俺をハブっておきながら、何で今更、和睦を口にしてやがんだ! この……ド低脳クサレ脳ミソがァ―――!」

松平容保「あーあ、キレたキレた」


という心境であったのでしょう。実際、彼の妻子は彼に着せられた臆病者の汚名を晴らすために死を選んだようなものですしね。


3.女たちの戦場


その一方でムリに戦力を投入しないでいい場面にムリに投入しないでいい戦力を投入してしまうのも会津クオリティ。アバヨ率いる越後口の兵が鶴ヶ城への接近を図ろうとした柳橋付近の戦いでは、有名な娘子軍の活躍が描かれていましたが、これで戦況に変化があったかといえば皆無なんですね。そもそも、萱野権兵衛の部隊は終戦まで城外で遊撃活動に専念していたので、徒に鶴ヶ城に接近する必要はなかったんです。そうなると、何のために娘子隊の戦いはあったのかと。中野竹子の戦死は確かに最上級の悲劇ですが、真の悲劇は彼女の死が何ら戦況に変化を齎さなかったことにあるんじゃないでしょうか。

個人的には日テレ版『白虎隊』の影響か、中野竹子よりも神保雪子の自害の逸話が印象に残っていまして、今回はどうなるかなーと思っていましたが……色々と残念でした。まず、修理の死後も立ち直りの早かった雪子が、先回今回と唐突に死に急ぐ感じが出ていて、整合性に欠けるかなーと。次に雪子の捕縛された姿が色々とヤバい。ある方面でのリアリティの追求といえなくもないですが、その描写は誰得だよと。これも日テレ版『白虎隊』のほうが品があったなー。それと吉松速之介が出てきたのは嬉しかったのですが、あの場面だと土佐の軍営に見えてしまうんですよね。神保雪子を捕えたのは美濃大垣藩です。旧幕府軍と同じく、新政府軍も寄せ集めの烏合の衆で、軍律に関しても各藩がてんでバラバラであったんですね。賊は女でも斬るのが慣いという大垣藩に吉松は『女を斬っても功名にならん』と解放しようとします。恐らく、大垣藩は吉松の上官の板垣にチクるぞくらいはいったかも知れませんが、藩公(山内容堂)の命令をガン無視して鳥羽伏見の戦いに加わった吉松には板垣の怒りなど恐ろしくも何ともなかったでしょう。それは兎も角、この場面をうまく描けば終盤の鍵になったんじゃないかと思います。上記のように新政府軍は武装、軍律、装備もバラバラでした。そこを印象づけておけば、彼岸獅子入城の際、新政府軍が山川の軍勢が何処の藩か判らなかった理由づけになった筈です。惜しかったなぁ。


4.夜回りヒロインと徘徊家老


ヒロインと頼母、久方ぶりの邂逅は双方のスタンスの再確認の場でした。まずは戦場から戻らない伊東悌次郎の身を案ずるヒロイン。自分が鉄砲を教えなければ、彼は戦場に出ることはなかった。孝明天皇が容保に下賜した直垂、容保が白虎隊士に与えた布、ヒロインが二本松少年隊にあげた達磨といい、よかれと思ってしたことが全て悪い方向に転がるという本作の様式美(?)ですね。

そして、第2話で父親に諭された『鉄砲は人の生命を奪う武器である』という言葉。拙劣な作品だと、これ、序盤の夜襲の場面で敵が撃てないとかヤワなこといっちゃう場面に使われそうですが、本作のヒロインは多少の躊躇はあってもガンガン発砲していました。でも、生命の重みを軽視しているわけではない。自分が鉄砲を教えたことが一人の若者を死地に追いやってしまった。そのことに対する自責の念はあるという設定でした。

一方の頼母。元々、西郷頼母という人物は晦渋で判りにくい人物です。彼の妻子、白虎隊、神保修理、神保内蔵助、田中土佐、中野竹子、神保雪子などといった人々が悲愴な死を遂げてゆく中で、何故、彼一人は死を選ばなかったのか。そうした疑問に対する本作の回答を私なりにまとめると、


「頼母は死を恐れてはいなかった。ただし、自らの名誉のために死を選ぶつもりもなかった。彼が生命を差し出すのは会津のため。即ち、容保に代わって、一切の騒動の責任を取るために他人の批判に甘んじながらも生き続けてきた」


ということだと思います。これはこれで西郷頼母という人物に対する一つの回答でしょう。しかし、彼は結局、自らの本懐を遂げる機会を与えられないまま、会津を去ることになります。その詳細は次回に描かれる模様。


5.給水地点


さぁ、愈々、今日の『その時』がやって参りました。山川大蔵による彼岸獅子入城です……が、期待が高過ぎたのか、出来としては70点くらいかなぁ。

まず、山川がこの奇抜な策を考えついた契機が描かれていませんでした。戦術のように新政府軍の兵装がまちまちであったことなどを前フリにしておけば、この奇策の説得力が増したでしょう。次に彼岸獅子という選択。これ、新政府軍には何処の軍勢か判りませんが、会津の人々にはすぐに味方だと判るんですね。彼岸獅子は会津の名物ですし。


敵には判らないが、味方には必ず判る。


これが当該作戦の一番の肝なんです。如何に敵を欺いても、味方からも疑われては入城できませんしね。そうした両軍の認知度のメリハリを伺わせる場面が少なく感じました。そして、入城の瞬間はもっと緊迫感があったほうがよかった。結構、楽々と入ってきた感満載でしたが、百人単位の軍勢が敵の眼前で味方の城に入るのですから、一歩間違えると敵にも雪崩込まれる危険性が高い場面です。入城の際は山川の号令と共に一気呵成に城内に突入するようなアクティブ感が欲しかったかなぁ。

それでも、嘗ての彼岸獅子騒動の場面でヒロインが助けた子が彼岸獅子のお囃子をしていたりとか、視聴率がどーたらとか文句が頻出していた時期から見ていた人間には嬉しいサプライズ。本日のMVPは春吉。異論は認めない。この展開は予想できなかったよ。てっきり、ヒロインと山川のロマンスっぽく描かれると邪推していましたが、そんな雰囲気は殆どなかったしね。そして、冒頭の文章に戻りますが、この彼岸獅子の逸話は痛快ではあっても、会津戦争を徒に長引かせる要因にもなった点を冷厳に指摘する視点にも驚きました。相変わらず、単純に会津の悲劇を描いているようでいて、実は常に『何でこーなったのか?』という冷厳な分析がそこかしこに仕組まれています。会津戦争唯一の痛快事にすら、そうした視点を欠かさない構成は本当に恐ろしいですよ。


尚、余談ですが、この時期の山川大蔵に関する逸話を。山川の元に帰還命令が届いたのは24日。逆にいうと、その時期まで山川も本営の危機に全く気づいていなかった可能性が高い。恐らくは新政府軍相手の【ヒャッハー!】が楽しくて楽しくて仕方なかったんじゃないかと思います。ボロ勝ちでしたからね。さて、その帰還の途上、山川の部隊に白虎隊の生き残りの少年が合流します。彼は飯盛山に向かう本隊からはぐれたうえに城にも戻れなかったため、日光口の山川隊と合流しようと思い、ここまでやってきたのでした。しかし、そんな少年兵を見た山川は開口一番、


山川大蔵「何で生きてんの? 腹減ったから逃げてきたの?」


鬼過ぎる。子供といえども、著しく自尊心を傷つけられた白虎隊士は山川隊が夜襲要員を募集しているという知らせを聞きつけると、名誉挽回とばかりに志願しますが、


山川大蔵「ハァ? 死に損ないが何いってんの? おまえは俺へのアテツケで死にたいだけじゃん? 死ぬなら俺の目の届かない場所で死ねよ。つーか、死ねばいいのに」


この山川の言葉にキレた少年はコイツに吠え面かかすまでは死んでも死にきれねぇと発奮して、その夜襲は勿論、会津戦争をも生きて戦い抜いたそうです。後年、その白虎隊士は山川について、


「真の名将でした。味方と合流できて気の抜けた状態の私に喝を入れたうえ、自らが憎まれ役になって私に生きる気力を与えてくれました」


と述懐しています。うん、まぁ、あなたはそれでいいや。でも、山川の言葉は100%本音だと思うぞ。戦後、実の弟にも似たようなことをいってますしね。


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