俗に信康事件と呼ばれる家康生涯の痛恨事となった騒動をメインに描いた今回の『おんな城主直虎』。全編を通じてトップ5に入る面白さでした。一見、井伊家とは何の関わりのない話に思えますが、本作での騒動が前回の万千代の片肌脱ぎに端を発していることや、小野但馬が冤罪と知りながらも見て見ぬフリをした家康に因果が巡ってきたことなど、事件と主人公陣営との絶妙な距離感が堪らない。素直に巧かった。
尚、個人的に信康事件は本作のような信長の言い掛かりでも、通説のような瀬名殿の暴走でも、家康と信康の御家騒動でもなく、家康本人がガッツリと武田と通じていたのではないかと考えています。確かに武田家は遠からず滅びますが、その三カ月後には信長が本能寺の変で斃れたように、何が起こるのか全く判らないのが戦国の世。何かの弾みで信長が頓死するような事態に備えて、武田とパイプを繋いでおくのは当然の措置といえます。勿論、そうした行為は秘密裡に行うのが大前提なので、今回は何らかの形で信長に事態が露見。二進も三進もいかなくなった家康が信康に責任をおっ被せて口封じを図った。或いは東国戦線を担当していた信康が全責任を負って自刃したのが真相ではないでしょうか。強大な勢力に挟まれた小国の二股外交も肉親同士の骨肉の争いも歴史では日常茶飯事ですからねぇ。武田は織田に攻め滅ぼされるという歴史の結果を知っていると、逆に見えないものがあるのではないかと思えます。久しぶりにウンチクというか、自分語りから入った今回のポイントは5つ。
1.信康「……重いよ」
ナレーション「家康の側室に男子・長丸が生まれた」
のちのオモえもんである。
え? 間違っている? それは兎も角、秀忠の誕生と近藤武助の一件が相俟って、些か苦しい立場に立たされる信康。家臣の前では努めて明るく振舞っていたものの、その内心は、
松平信康「僕は……父上にとってストレスなんだね。ただただ邪魔なコバエみたいな存在なんだね……」
といじけてもおかしくありません。非常にデリケートな事案です。そんな空気も読まず、自らが秀忠の傅役に任命されるという妄想を逞しくする万千代。何がどう転んだら、そういう話になるのか、この論拠のない楽観精神は直虎の影響でしょう。そんな万千代のボケにいちいち的確なツッコミを入れる小平太さん最高。冒頭、家康からの岡崎への始末状を万千代に渡す際の細かい所作といい、本当にいい味出しております。
2.海老すくい忠次 VS AB蔵ノッブ
織田信長「何故、徳川は予を欺こうとするのかのう?」
酒井忠次「……あ、欺くとは?」
忠次に一切の弁明の余地も与えずに横車を押し切ったノッブ。一見、大国による恫喝外交に思えますが、それ以前の『信康に従五位下を与える』という位打ちも巧妙でした。親父と同格の官位を受ければ、岡崎と浜松の緊張が高まる。信康が断れば、それで手駒としての娘婿に見切りをつける。剛腕による外交と繊細なる謀略を使い分けていたことになります。先回の感想で『武助を放ったのは武田(恐らくはスズムシ)。成功しても失敗しても火種になるオイシイ謀略』と評しましたが、どちらに転んでも損をしない作戦を練っていたのはノッブのほうでした。すまんな、スズムシ。冤罪やったわ。でも、おまえさんは普段の行いが悪いから疑われるんやで。
3.在原姓説も有力
於大の方「獣は御家のため、我が子を殺めたり致しませぬ。なれど、武家とはそういうものです」
源氏一門「せやせや」
平氏一門「せやろか?」
という問答が聞こえてきそうな家康マッマの御言葉。家康は自称新田氏=源氏だからね、仕方ないね。源氏一門の不和は救いようがないからなぁ。一方、平氏と目されているノッブは身内にダダ甘……これは平氏ですね、間違いない。
しかし、ここで水野信元の一件が出てくるとは思わなかった。しかも、普通は信元のことで於大の方と家康の不和を描くところなのに、逆にそれが武家の倣いとして信康抹殺を後押しさせるとは……そのうえ、諄々と理で諭したうえに『竹千代』と幼名で呼ぶことで、母親の願いという情の面からもフォローする。これは家康も折れますわ。於大の方に栗原小巻さんを起用したのも納得。このシーンのワンポイントリリーフを狙っていたのね。
4.ギリギリセーフ
榊原康政「武田と内通したる廉にて、信康様を大浜城に幽閉したうえ、死罪とすることになった。武田の元家臣の娘を側室に入れたと聞いたが?」
鳥居元忠「(武田の家臣の娘を側室にしては)いかんのか?」
徳川家康「(女狩りを命じたワイに黙っていたのは)いかんでしょ」
内通容疑の第一は側室の出自。これには偶然居合わせたおとわも内心肝を冷やしたに違いありません。物語の前半、瀬名殿から信康の側室候補を探して欲しいとの手紙を受け取っていましたからねぇ。昔の彼女であれば、ドヤ顔で信州武田領出身の高瀬を推薦して、後半で痛い目を見るいつものパターンにド嵌りしたことでしょう。この案件に深入りしなかったおとわの成長が描かれていたといえそうです。側室の件に深入りしないおとわを、南渓和尚は『竜宮小僧らしくない』とか『つける薬もない=バカ』と揶揄していましたが、今回はどう見てもおとわが正しい。和尚は反省しなさい。
しかし、信康は色々といい人過ぎ&士心を得過ぎ。自らへの処罰の身代わりを申し出る岡崎衆を抑える場面、信康の背後にいた家康の表情は息子を死なせる悔恨というよりも今回の事態に乗じて始末したほうがよさそうという畏怖を現しているようにも見えました。
5.ヘタレの意地
今川氏真「瀬名の父は我が一門、信康は今川の血を引く者じゃ……斯様な話、力添えせぬ理由が何処にあるというのじゃ!」
まさか、ファンタジスタがカッコよく見える瞬間が来るとは思いませんでした! 常慶に密書と聞いて炙り出しと察するところもファンタジスタにしては察しがいい反応です。普通の大名であれば、決して高くはないハードルですが、何せファンタジスタですから、気づいたこと自体が奇跡であり、炙り出しで扇を焦がさなかったのも快挙といえます。本作は次回へのヒキの弱さがネックの一つですが、今回はムダに次回への期待が高まる終わり方でした。勿論、史実の顛末を知っている&ファンタジスタのキャラクターからして、絶対に成功しないと確信しているものの、それでも、続きを見たいと思わせるのが物語の作り方というもの。昨年の豊臣秀頼みたいなものですね。秀頼初登場の時は豊臣勝つると本気で思えましたもの。
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