「兇王と四凶、並び立つ」
字面にすると、お世辞にも現時点では味方サイドのキャラクター紹介とも思えない扉絵のアオリ。しかし、実際に描かれた項羽と窮奇の容貌は字面に負けない禍々しさに満ちていたので、このアオリも『やり過ぎ』とはいえないでしょう。本作を知らない方に『この二人は主人公級のキャラクターですよ』と説明しても、絶対に信用されないレベル。今までにない暑苦しい画ヅラで開幕した今回の『龍帥の翼』。ポイントは4つ。
1.背に腹は代えられない
項羽「己は前しか見ないだけだ」
『べ、別にアンタに守って欲しい訳じゃないんだからねッ! 私は前しか見ていないだけなんだからねッ!』という、ツンデレ気質溢れる台詞で、窮奇に騅と背後の守りを託した項羽。誰かの救けで勝利を得るのは兇王・項羽のプライドが許さないと思いますが、今回ばかりは指揮官の死=楚軍全体の崩壊に直結するという自覚があった(実際、蘇角を討ち取られた秦軍は崩壊した)ので、恥を忍んで、窮奇に背後と騅を委ねたのでしょう。己のプライドよりも全軍の勝利を選ぶとか、項羽の人間的成長を窺えなくもありません。尤も、
項羽「あの男、今度会ったら、必ず殺す!」
と、己のプライドを傷つけた窮奇の口封じを企む辺り、やっぱり、人の上に立つ器ではなさそうです。やんなるね。
2.嗚呼、勘違い
蘇角「馬が盾になって、項羽(おまえ)は撃てまい!(ドヤァッ
項羽「あ、ふーん。で?(ズバー
ドヤ顔で項羽を討ち取ろうとした蘇角将軍ですが、一合も交えることなく、戦場の露と消えるハメに……蕭何や鍾離眜といった有名どころさえもモブキャラデザインされる本作では珍しく、イケメン系の存在でしたので、もうちょい頑張るかと思っていたのですけれどもねぇ。まぁ、川原センセの作品は基本的にイケメンに厳しいからしゃーない。
その蘇角。己の馬を盾にして、項羽を攻撃しようとしたところを、馬ごとひっくり返されてしまいましたが、現実の項羽も巨大な鼎を扛ぐ(抱えあげる)怪力の持主なうえ、作中の項羽は更に輪をかけた化け物なので、馬が盾替わりになると考えたのは些か短慮であったといえるでしょう。或いは項羽の背後で窮奇が騅を護衛している様子から『愛馬家の項羽は馬を斬れない』と勘違いをしていたのかも知れません。実際、本作の項羽が一番狼狽したのは張良が騅を斬ろうとした時なので、蘇角の予想も強ちマト外れではなかったのですが、項羽が大事に思うのは騅であって、馬ではなかったのが運の尽き。如何に真実を翳めていてもファウルでは得点にならないんだよなぁ。
3.本家と元祖?
韓信「私も学びました。そんな方法があるのか……とね」
船を焼き、食を捨て、兵士を極限状態に追い込むことで、その力を極限まで引き出した項羽に対する韓信の評価。韓信というと股くぐり、国士無双と共に背水の陣という故事成語で有名ですが、時系列上は項羽のほうが先達なのですよね。『赤龍王』でも鉅鹿の戦いを『項羽の背水の陣』と銘打っていました。尤も、ガチで兵士を死地に追い込んだ項羽と異なり、韓信の場合は敢えて用兵上の禁忌を犯すことで、油断した相手の突出を呼び込む一方、事前に迂回させておいた伏兵で敵軍の居城を落としたのですから、現象は同じでも意味するところは大きく異なります。少なくとも、韓信由来の『背水の陣』という故事成語を用いる場合は、
油断した敵を周到な計略で仕留めること
といった意味で使うべきでしょう。
その韓信。負け戦から逃げ出したと思ったら、味方が勝ってしまったので、何食わぬ顔で復隊するという、なかなかのぐう畜ぶり。勝ち目のない相手を避けることは司令官としては正しいですが、一兵士としては失格なんだよなぁ。まぁ、本人も、
韓信「私に任せてもらえれば、あなたの一手など無くとも、勝てたんですが……ね」
と語っていたように、彼個人は常に己を司令官と規定しているのでしょう。この場面の自信と鬱屈に満ちた表情が凄くイイ。初登場の時は『いい人系』に分類されていた韓信ですが、意外とキャラ造型深そうかも。
4.デビット・ホセインとか
窮奇「帰る? 章邯は南で健在だぞ。いいのか?」
張良「はい、今日が山でした。項羽はそれを越えたのです。それに……これで章邯の弱点が顕在化するはずですから」
今夜が山田った楚軍本隊を残して、そそくさと引き揚げる張良。まぁ、そろそろ劉邦軍と合流する頃合いだからなぁ。今回のバトルも窮奇一人が派遣されて、張良は韓軍を率いていると予想していたので、何気に悔しい。
その意趣返しではありませんが、張良のいう章邯の弱点を予想してみます。一つには今までの感想でも何度か述べたように、秦軍が純粋な正規軍ではなく、ガチンコバトルに向いていないこと。二つ目は大軍ゆえに補給の負担が大きいこと。この辺は今回のナレーションで触れられていたように、甬道を絶たれた王離の降伏が象徴しています。でも、一番の弱点として描かれるのは趙高の存在でしょうね。後方で安穏と督戦する政治家が、前線で戦功を重ねる司令官の存在を危ぶみ、一度の敗戦を口実に亡き者にしてしまうのは、古今東西の歴史でも枚挙に暇がありません。後世……否、当時の視点からも『そんなことをしたら、誰が楚軍と戦ってくれるのか、自殺行為ではないか』と思えますが、国家も人間の集合体に過ぎない以上、人間と同じように自殺をすることはあるんだよなぁ。
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