龍の軍師、その初陣は……?』とのアオリが扉絵を飾っていたものの、今回は戦闘シーンなし。張良の初陣は次回以降に持ち越しのようです。それでも、舌先三寸で援軍の指揮権を強奪する張良のシーンはなかなかに面白かった。ドラガン海峡の突破を条件にジト・サントニウスを口説いたファン・ガンマ・ビゼンのペテンを思い出しました。張良の知略が実際の軍事に反映されるようになった影響で、軍記ものらしい雰囲気が漂ってきたといえるでしょう。次回の初陣への期待が高まった今回のポイントは5つ。
1.アレクサンドロス大王は失格
張良「蕭何殿、戦で重要な事は何だと思いますか?」
ファンとウォルカ・ベアスの問答を思い出した張良と蕭何の会話。張良の説く正解は偵知、つまり、情報でした。もう一つは『蕭何殿には言わずもがな』と説いていることから、恐らくは補給でしょう。要するに情報と補給が戦の死命を制するということです。ちなみにベアスの回答は策略と統率。そのベアスに忌まれたヴィナン・ガルーの回答は士気。海の一族が誇る俊英と猛将も、張良の採点では失格っぽい。厳しいなぁ。尤も、同じ海の一族のニッカ・タンブラは『戦とは補給でやるもの』と説いているので、ニッカ一人は半分正解といえるでしょう。ついでに陣雷は折れた指で相手の目を抉る根性とか答えそうです。まぁ、おめぇはそれでいいや。しかし、策略と統率というのはベアスのみならず、韓信も同じ回答をしそうではあります。現時点では全てが闇の中の韓信ですが、彼の行動原理は俺の才能を認めろ&俺の功績に報いろの二点しかありません(by田中芳樹)ので、ベアス似のケツアゴ自意識過剰キャラになる可能性大。
2.ネタバレすると許されます
劉邦「くそったれ……絶対に赦さねぇ」
劉邦という人物像を語るうえで欠かせない人物の一人である雍歯ですが、今回は具体的な容貌の描写はなし。始皇帝でさえ、初登場の段階でキチンと素顔が描かれていたことを思うと、結構な大物扱いといえるかも知れません。やったね、雍歯。顔は伏せられていたとはいえ、名前も姿も出てきたので、次回辺りにチラッと再登場する可能性が高い。
さて、この雍歯。元々は劉邦の兄貴分である王陵の既知ということもあってか、蕭何や盧綰と異なり、自分が劉邦の家臣とは思っていなかったフシがあります。作中で触れられていたように雍歯は劉邦を裏切り、豊の町を占拠してしまいますが、彼にしてみると、あちこちの勢力に戦闘を仕掛けては負けて帰ってくる劉邦に従っていたら、自分の身が持たないと考えたのでしょう。そもそも、劉邦が沛公になる前は同格か、それ以上の存在であったので、雍歯の判断は裏切りというよりも離反と考えたほうがよさそうです。この辺、曹操と張邈の力関係に近いものがあるのではないでしょうか。曹操と劉邦の違いは雍歯の離反を許して厚遇したことですね(張邈は一族皆殺しにされました)。論功行賞を控えて、疑心暗鬼に陥る諸将を安心させるために劉邦が最初に列侯に封じたのが雍歯でした。
「『あの』雍歯でさえ、王侯になれるのだから、俺たちも安心できる」
という評判が広まり、人心は静まったとか。この知略を劉邦に授けたのも張良です……が、雍歯が封じられたのは什方侯、つまり、巴蜀の地なのですよ。これは当時の地理感覚では左遷に近かったんじゃあないでしょうか。これで諸将が安堵するというのも妙な話に思えます。もしかすると、これも本作の張良がいうデッチあげなのか?
3.文官から名将へ
張良「章邯とは何者か、御存知ですか?」
先項の雍歯以上に……否、雍歯とは比べものにならないほどの楚漢戦争のキーパーソンである章邯。元は循吏として生計をたてていた文官が非常時に武将顔負けの活躍を見せるのは中国史では稀によくあることです。曹魏の鄧艾、隋の張須陀、北宋の宋沢などが有名ですね。章邯が二十万の刑徒を解放して編成した軍で陳勝を滅ぼしたのは史実ですが、これもこれで話がうま過ぎるようにも思えます。章邯は陳勝軍の補給線が伸び切るギリギリのタイミングを見計らい、反撃に出た。その軍勢には恩赦と引き換えに兵役を課された兵士が多数存在した。或いはそういう話であったのかも知れません。まぁ、仮にそうであっても、章邯が充分に名将と呼ばれるに値する人物であるのは間違いありませんが。ちなみに章邯も、上記した三名の文官あがりの名将たちも全員が不遇の死を遂げています。何やら妙な因縁めいたものを感じずにはいられません。
4.劉季本来喜為大言
劉邦「わしの首もつけてやるよ、甯君。敗けたらうちの兵もやる。その代わり、絶対に約を違えるなよ」
甯君「お、おう……」
何というリアル『お、おう……』。確かに劉邦に『約束を破るなよ』などといわれたら、こう答えるしかありません。何しろ、沛でゴロツキをしていた頃の劉邦は大言多ク事ヲ成スコトスクナシ(大法螺吹きで何をやったということもないロクデナシ)と評されていたくらいですので、マトモに約束を守ったことなど皆無であったと思われます。ちなみに上記の評価を語ったのは蕭何。何という説得力。
しかし、この場面の甯君は色々と不透明というか、それとも、何か企んでいるのか。五日で碭を落とせる筈がないから、賭けに乗ってやるとのことですが、そもそも、甯君も碭を落とすために派遣された訳ですから、張良がしくじった際に『失敗しました、サーセンフヒヒ』の一言で親分の景駒が許してくれるとは到底思えないのですが……張良が勝っても負けても甯君は損をしないという状況にあって、初めて、今回の賭けが成立するのではないでしょうか。尤も、それを甯君に悟らせないのが張良の智謀なのかも知れません。裏切り者の司馬尼の首級を餌にしたのも、作戦の一つなのでしょう。ちなみに司馬尼は『赤龍王』でも張良の初陣の相手として描かれていました。浅学菲才の私は本宮さんが創作した架空の武将と思っていました。反省しています。でも、あちらでは秦の正規軍という扱いでした。どっちが正しいの?
5.モブの肖像
蕭何をはじめ、曹参、夏侯嬰、周勃、盧綰、樊噲といった漢初の英傑たちが揃い踏み……といいたいところですが、樊噲を除くと見事なまでのモブ顔ばかりです。こいつらのうちの四人が血管針攻撃を仕掛けても私は驚きません。せめて、夏侯嬰や周勃は武張った容貌、曹参は才気走った雰囲気くらいあってもいいと思うのですが。盧綰を除いて。尤も、本宮さんの『赤龍王』のように全員が悪党ヅラというのも、なかなかに異論があるので、まぁ、バランスは取れているのかも知れません。
さて、天才軍師の初陣というと『三国志演義』では博望坡の戦いになるでしょうか。あの戦いでは関羽と張飛の大人気ないサボタージュが話題になりがちですが、本作の張良は最初のうちに蕭何と樊噲という劉邦陣営の良心を押さえているので、目立った反発は少ない模様です。盧綰を除いて。
次回愈々、張良の初陣。本人曰く、窮奇が活躍しては意味がない戦いなので、モブ顔揃いの劉邦軍の面々も相応の働きを見せてくれると思われます。盧綰を除いて。
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