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『龍帥の翼 ~史記・留侯世家異伝~』第三話感想(ネタバレ有)

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以下は完全な妄想ですが、私は『張良はどのくらい凄い軍師なの?』と聞かれた時、三国志の素養がある人には荀彧と郭嘉を一人で兼ねた軍師だよと答えます。両名は三国志の梟雄・曹操の代表的な軍師ですね。尤も、この二人も張良もですが、彼らは日本的な軍師のイメージである軍略面や謀略面での際立った功績はありません。敵軍を撃破したり、敵将を騙したりするのは韓信や陳平、賈詡や程昱でした(意外にも程昱は軍事系の功績が多い)。じゃあ、張良や荀彧や郭嘉の役割は何かというと的確な状況判断と未来予想がメイン。今、敵は何を考えているか。次に自分は何をするべきか。自分たちがこう動いたら、相手が如何出てくるか。その予測の的中率が異様に高いのが張良であり、荀彧や郭嘉でした。
そして、的確な状況判断に最も必要なのが正確な情報ですが、荀彧は清流派士大夫として、各地の政治家や官僚との太いパイプがありました。これも意外なことに、三国志の時代は仕える主君が異なっていても、名士たちは各々の陣営に属する人物評を交換しあっていたのです。例外は孫呉の第三世代以降でしょうか。関羽が陸遜という無名の新人に敗れたのは、彼個人を侮っていたのではなく、中原の名士たちの人物評にあがらない以上、畏れるに値しないという当時の常識的な思考に拠るものでした。要するに諸勢力の主君や軍師や将軍が如何なる思考ルーチンの持ち主か当時の名士の代表格である荀彧には筒抜けでした。
一方の郭嘉は若い頃に名を変え、行方を晦ましながら、各地の英傑たちと交流していました。名を変える必要があったということは、今回描かれた張良のように侠客や無頼の徒との交わりがメインであった可能性が高い。郭嘉は同僚に素行を批判されたという史実もありますからね。郭嘉の元に齎される情報のソースは闇社会を出所とするものではなかったでしょうか。特に孫策の横死を説く郭嘉の予想の正確さは寒気を覚えるほどで、予測というよりも計画の一端が郭嘉に漏れていたのではないかと夢想してしまいます。このように荀彧も郭嘉も各々が持つ独自のパイプから得た情報を元に、正確な未来予測を立てていたと思われます。
さて、翻って張良ですが、彼は本編でも描かれていたように元々は韓の貴族で政治家の家柄でした。楚漢戦争では劉邦を代表に泥田の中から英雄豪傑が群がり出ましたが、張良や項梁のような貴族も多かった。当然、貴族同士、政治家同士の独特のコネや繋がりがあったでしょう。張良は己の出自に拠る人脈を有していました。そして、もう一つ、若い頃に身を投じた侠客世界の情報網があった。要するに張良は荀彧と郭嘉が各々有していた政界裏社会のネットワークと一人で繋がっていたのです。これが張良をして、天下の軍師に成り得た最大の要因ではないかと考えています。尤も、貴族や政治家にして侠客の大親分というのは春秋戦国時代にはザラでして、劉邦が尊敬した信陵君や孟嘗君などが典型です。一般に侠客の大親分と見なされる劉邦ですが、実は張良のほうが軍師というよりも、当時の代表的な侠客のイメージを保った最後の存在であったといえるかも知れません。
この辺の事情が描かれるかと思っていた今回の『龍帥の翼』ですが、意外とスルッと終わってしまいました。それでも、林秀という新キャラが登場したり、黄石改め黄虎が普通に喋れるようになったりしたお陰で、劇中に込められた情報量は多め。今まではマトモに会話ができたのは二人しかいませんでしたからね。尚、最終頁で項羽と劉邦の姿も拝めました。項羽はトゥバン・サノオ+クラッサ・ライを思わせるデザイン。これは強い(確信)。陸奥は兎も角、ファンでは勝てない可能性があります。まぁ、ファンには張良に勝るとも劣らないペテンの才能があるので、何とか戦わずにすむ方策を巡らすでしょうけれども。今回のポイントは4つ。


1.今月の張良

張良「これ、私が先程作った話ですから」

冒頭から十五頁が全部嘘という、今年の大河ドラマの主人公一族にも勝るとも劣らない口から出まかせオンパレードを宣う張良。まぁ、司馬さんも張良の黄石伝説は彼自身がデッチあげた創作ではないかと書いておられますからね。尤も、こうした伝説を川原センセなりの解釈で如何なるフィクションに仕立てるかを読んでみたかった気もします。『蒼天航路』は胡散臭い史実と創作のスリアワセが巧かったからなぁ。曹彰の虎退治とか。しかも、本編後半では既に一端の侠客に成り遂せていました。通り名は白虎。そして、偽名は姜白……これは自らがデッチあげた太公兵書の伝説に絡ませたものでしょう。姜は太公望の本名は姜子牙ですので。何気に『修羅の門』とも絡んでくるなぁ。


2.今月の窮奇

窮奇「あいつ、貰っていいか?」

人食い虎のような表情でスカウトにやって来る窮奇。今にもおまえうまそうだなとか言い出しそうです。こんな表情されたら、絶対に断れません。先回までは朴訥さが売りであった窮奇も、今回後半辺りからは張良の芝居にアドリブで応じるといったノリのよさを見せてきました。マッイイツォよりも融通が利く用心棒。三話目とはいえ、作中時間では数年、張良と一緒に過ごしているので、臨機応変な策にもついていけるようになったのでしょう。その点、マッイイツォは最終回まで致命的に察しの悪い男でしたが、まぁ、一緒にいたのが『大馬鹿』の九十九なので、仕方ないよね。
冒頭で記した通り、項羽のヴィジュアルが解禁された今回。改めて、窮奇と項羽のどちらが強く設定されているか、そのパラメータが気になるところです。一軍の指揮官としては圧倒的に項羽有利。個人的な武芸では概ね互角でしょうか。でも、これだと窮奇が完全に項羽の下位互換なんだよなぁ。


3.今月の黄虎

黄虎「虎家にくる?」ニパァ

それよりもお嬢ちゃん、うちに来r【通報しますた】

こんな可愛い女の子に品定めしてもらえるのでしたら、私も誰かと揉め事を起こして、張良に匿われたい……という戯言はさて置き、キャラ的には静流さん系の美人になりそうな黄虎。この先、予想通りに彼女が虞美人になるか否かは定かではありませんが、現時点では充分に素養はありそうです。しかし、項伯殿(この人は何故か『殿』をつけて呼びたくなる)が大丈夫だとしたら、項羽や劉邦の評価はどうなってしまうのか。『凄過ぎて言葉にできない』という評価になりそう。


4.今月の項伯

項伯「わしは……何故見つからなかったのだろう?」
張良「最初から表にいたからですよ」
与力「それは貴方がモブ顔だからですよ」


黄虎が『大丈夫』と評したワリにはアカラサマなモブ顔として描かれていた項伯殿。上記のように、この人は波瀾万丈の人生の果てに(本人の思いは推し量るべくもないとはいえ)世間的には安泰と呼んで差し支えない一生を終えたうえ、後世の歴史家や作家からも概ね好意的に評されるという極めつけのいい人キャラなので、この描かれ方は妥当でしょう。尤も、今回のように任侠絡みの殺人を犯したり、鯨布が劉邦に寝返った時には彼の本拠地を襲って妻子を処刑したり、最終的に甥を裏切る形になったりと、なかなかにエグい人生を送っていることから、本当は非常に押しとドスの効いた侠客系の人物であったと思います。そうでなきゃ、項羽のような戦闘マシーンと劉邦のような史上最大のゴロツキの仲立ちなんかできません。

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