冠城亘「無駄ですよ、あの女はちょっとやそっとじゃ陥落不能です。昔、一緒に暮らしていた俺がいうのだから間違いありません」
伊丹&芹沢&中園「「「ええええええええええ!」」」
内村完爾「この際、プライベートはどうだっていい! それよりも杉下がいった通りになった場合、金井塚一が副総理の生命を救った理由は何だ?」
刑事部長、ぐう正論。
斯くも建設的な発言をする刑事部長も珍しい。大抵は組織や彼個人のメンツに拘って、ロクでもない方向に話を転がす天才なのですが、今回は誰よりも杉下の議論に耳を傾けていました。閣僚を狙ったテロ事件という異常事態に本来の器が感応したのでしょうか。逆に今までは細かい事件で地味に視聴者の共感を稼いでいた俺たちのテルオが完全にでくのぼう扱い。久しぶりに事件の最前線に立つ機会があったにも拘わらず、確たる見せ場もなく終わりました。人それぞれの器量というものがあるからね。仕方ないね。地味に刑事部長の器が光った今季最終回でした。
とはいえ、内容的には一定の予定調和を優先した結末であったように思います。警察学校行きという冠城君のラストも、このまま退場するようでもあり、次期の冒頭でシレッと特命係に戻ってきそうでもあり、どちらに転んでもOKという玉虫色の結末。勿論、殺されたほうがマシとしか思えないダークカイトというオチよりかはナンボかマシですが。武者震いさんによるテロ事件も、閣僚の犠牲者は一人で終了。今回は『相棒』史上でも屈指の犠牲者が出ましたが、前半の緊張感が後半に続かなかったのは否めません。単純に人が死ねば面白くなるというものではないとはいえ、政治家の『テロには屈しない』という発言が本心か否か試してみたいという、現実世界でも同じ願望を抱いている人間が一定数存在する疑問との正面対決になるかと思いきや、そのテーマは前半でスルーされました。もっとボコボコと犠牲者が出ると思っていたので、些か拍子抜け。まぁ、この辺は『バベルの塔』や今年の元日SPやカイトパパ誘拐事件で似たような事案を扱っているので、今更『相棒』で穿り返すことではないのかも知れません。
寧ろ、そちらを前半でブン投げてまで描こうとした内容が、
『テロの脅威』には政治家の自作自演もある
という、もっと思い切った主張でした。最終的に全ての黒幕が菊本大臣というオチである以上、そういうメッセージとして受け取るのが正しいでしょう。権力者が国民に仮想敵への脅威を煽ることで自己の権力の強化を図るなんていう構図は珍しくも何ともない話なので、これはこれで面白い構図ではあります。政治家のテロへの対応に直截ではない問題提起を突きつけるヒネクレ度は、如何にも輿水脚本&和泉監督らしい内容でした。全面的に賛同はできないけれども、決して嫌いじゃないぜ。ちなみに、
伴野甚一「テロとの戦いには終わりがない!」
という主張ですが、テロを減らす手段は極めて明瞭です。社会的・経済的格差を減らすこと。これは『株は安い時に勝って高い時に売れば必ず儲かる』と同じで『言うは易し』の典型ですが、押さえておいて損はない理屈でしょう。今日、テロのグローバル化が懸念されているのも、格差社会が国境を越えて進行しているということに他なりません。その意味で富める長州・薩摩が貧しい幕府を打倒した明治維新は、経済視点では西洋的なレボリューションではなく、東洋的な易姓革命であったと思います。
余談はこれくらいにして、本編に関する雑感を。
やはり、先述したように前半の緊迫感が後半からはダルダルになったのも事実。これ、絶対に武者震いさんをメインにしたほうが盛りあがったと思う。意外な人物がテロの首謀者というのは、それこそ、今年の元日SPでやったばかりでしたからね。そういや、今回は雛ちゃんが登場せず終いでした。元日SPでヘタこいたばかりだからね。仕方ないね。
その代わりといっちゃあ何ですが、本作では珍しい総理大臣が登場。今までは朱雀さんや瀬戸内さんといった閣僚級の政治家は何度も登場していたものの、国家元首が描かれたのは久しぶり。劇場版Ⅰの御厨以来……いや、あの人も『エクス』のつく総理大臣でしたか。演じるのはトミー。杉下のソロ活動期に出演されて以来の登場でした。他にも高岡早紀さんや石橋蓮司さん、小野寺昭さんといった、過去作品に出演された俳優さんの再登板が多かったな。逆に今回で一区切りとなりそうなのが米沢さん。警察学校の教官として冠城君を待ち受けるという、米沢さんにとっては最高のシチュエーションで〆となりましたが、こちらも冠城君と共に退場となるのか、それとも、次期シリーズでシレッと戻ってくるのか、気になるところ。今回は誰よりも早く武者震いの人の事件に気づいた米沢さんでしたが、最初のテロ事件の現場に土足で踏み込むという、鑑識としてあるまじき振る舞いに出たことを俺は見逃さない。この人が警察学校の教官になるという展開に一抹の不安を禁じ得ません。
あ、肝心の冠城君。次期シリーズへの続投も可能な結末でしたが、法務省とのパイプがなくなった彼に相棒としての存在価値があるか、些か疑問ではあります。浅見陽一郎は『冠城の背中を押してやった』的ないい人風の話にまとめられていたものの、危険分子というか、このまま放置していたら自分の経歴に傷がつけそうな冠城を早目に処断したという可能性も拭いきれません。本人がいうように冠城が崖の先端に立っているのを承知で突き飛ばしたのではないかとも思えます。まぁ、そのくらいの非情さがないとキャリア官僚は務まらないのでしょう。寧ろ、こちらのほうが単純ないい人でないと思えるので、アリではないかと。それでも、
月本幸子「冗談にも女性口説いている場合じゃないでしょう! どうして、そんなにヘラヘラしていられるのですか!」
と本気で心配してくれる女性がいるのは冠城君にとっては朗報なのかも。もしかするとガチでこのカップルあるかも。俺も月本さんのような美人に心配されたい。でも、月本さん本人とは関わりたくない。何という矛盾。そう考えると冠城君の器はボーンズを受け入れたブース並みに大きいのかも。単なる怖いもの知らずという可能性もありますが。
先季ラストが昨年のラジー賞となった所為で、放送開始時には不安要素しかなかった今季の『相棒』でしたが、前半の低迷は否めないものの、今年に入って以降の巻き返しが凄かった。『陣川という名の犬』は『相棒』全シリーズを通じても屈指の名作でした。他にも『物理学者と猫』や『右京の同級生』や『警官嫌い』といった意欲作や佳作も多く、総体としては先期よりも楽しめたシーズンであったと思います。それこそ、最終回は『警官嫌い』とリンクしていましたからね。あの話を地味に支持していた私には嬉しい最終回でした。スタッフの皆さま、お疲れ様でした&ありがとうございました。
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『相棒14』最終回(第20回)『ラストケース』感想(ネタバレ有)
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