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『西郷どん』第二十三話『寺田屋騒動』感想(ネタバレ有)

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ウナギの蒲焼は串打ち三年割き五年焼き一生と言われます。詳細は各自でググッて頂くとして、一人前のウナギ職人になるには十年単位の修行&道を極めるのは一生ものの精進が必要ということです。それほどにウナギは扱いが難しい。その労力が相応する美味を生み出すのでしょう、ウナギの蒲焼はバブル経済期とかいう飽食の時代を経た現在でも、日本人の人気メニューのトップクラスに君臨しています。一方でウナギに毒があることを知る人は意外と少ない。血液や体表を覆う粘膜に含まれる毒素は、目や傷口に入ると激しい炎症を起こすそうです。

その扱いの難しさ。高い人気と深い味わい。そして、隠し持つ毒気。ウナギという食材は何気に西郷隆盛に通じるものがあるように思えます。毎回毎回、ゴリ押し気味に挿入される本作のウナギノルマも、或いは西郷のメタファーのつもりなのかも知れません。毎年恒例の大河ドラマを食べ物に喩える企画ですが、今年は『真田丸』以来、二年振り二度目のウナギ関連の料理になる可能性大。尤も、一昨年の『真田丸』は本物のウナギを用いずに蒲焼の味を再現しようとする小技や小ネタを効かせた精進ウナギ大河であったのに対して、今年の『西郷どん』は最高級・最難関の食材であるウナギを歴史劇に不慣れな料理人が雑に扱っているため、

 

 

になってしまっているのですね。そんな訳で今年の大河ドラマを食べ物に喩える企画、現時点での最有力候補は未熟な職人が都市ガスで焼いた作り置きのウナギの蒲焼大河です。長い。『激レアさんを連れてきた』のサブタイのようだ。他にも有力候補は幾つかありますが、具体的な名前を出すのはリスキーなので、もう少し様子を見ることにしましょう。ヒントはセシリア・オルコット。兎も角、年末総評記事の足掛かりを得た今回のポイントは3つ。

 

 

1.『今の私は大島吉右衛門だ。それ以上でも以下でもない』

 

大久保一蔵「西郷吉之助という男が、此処に泊まっておらぬか?」

 

前回の西田さんによる『吉之助は死んだ筈の存在。生きていることを幕府に知られたら大変なことになる』というナレーションをガン無視して、平然と吉之助サァの本名を口にする一蔵サァ。一蔵サァがド低能なのか、制作陣が一話前の内容も覚えていないのか。全てのドラマが作中の時系列通りに撮影されていると思い込むほどにウブではありませんが、それでも、誰か途中で辻褄が合わないと気づくスタッフはいなかったのか……それとも、気づいていても止められない状況にあるのでしょうか。そちらのほうが遥かに深刻な話ですね。何れにせよ、ドラマの緊張感台なし。

直後の吉之助サァと諸藩の代表との会合もお寒いの一言。具体的な政略や方針の擦り合わせの描写が一切なく、只管飲んで騒ぐのみ。久坂や吉村が何を目的にして此処に集っているのかを描かずに寺田屋事件を描くなんて、オムレツを作るのに卵を割らないといっているに等しいと思うのですが……後年、不倶戴天の犬猿の仲になった薩摩と長州ですが、この時点で京都にいる過激派志士の関係は決して険悪ではありませんでした。むしろ、尊王倒幕という目標のために一時共闘する姿勢でした。しかし、あくまでも幕政改革路線を主眼とする三郎は彼らの行動を掣肘する側に回った。このことで久坂は『薩摩は信用できない』という不信感を抱き、後年の対立に至るのです。寺田屋事件とは精忠組がMAXスピードで運転するダンプカーのサイドブレーキを後部座席にいた三郎が強引に引いたために起きた不幸な事故と評することが出来ると思うのですが、この辺の思惑の齟齬が全然描かれていないから、久坂も吉村も有馬も、そして、誰よりも吉之助サァ本人がただいるだけの存在になってしまっているのよね。

 

 

2.ピストル大河メニュー

 

西郷吉之助「喧嘩は腹が減ったでじゃ! 鰻取りで決着を着けっど!」

 

『ウナギを獲れば何でも出来る! 迷わず獲れよ! 獲れば判るさ!』みたいなノリで京都でもウナギ獲りに精を出す吉之助サァと愉快な仲間たち。京の都で他藩の志士と意見を交わすでもなく、朝廷工作に勤しむでもなく、反対派の幕臣を斬り捨てるでもなく、コイツらは一体何をやっているのでしょうか。これだけ頭数が揃っていれば、誰か一人くらいは『この人たち、頭おかしい』と気づきそうなものですが、全員が全員、吉之助サァの言葉に猛烈に感動しているのを見ると吉之助サァのウナギまつの味噌汁美和のおにぎりに匹敵するクソ大河ドラマ恒例の魔法の料理なのでしょう。吉之助サァからのウナギの差し入れでヒー様が大政奉還を決意するという展開になっても驚きません。呆れるけど。

尚、この場面は三郎の怒りを買った吉之助サァが十中八九、処刑されるというシチュエーションなのですが、これも誰一人、政治工作で三郎を宥めようとするキャラクターが描かれない(宥めたのはポッと出のナヨゴロー)ので、テストの前に漫画が読みたくなる類の現実逃避にしか見えません。案の定、ノープランで三郎の前に引き出された吉之助サァの口から垂れ流されるのは、論点をズラした詭弁にしか聞こえない始末……これも、西郷、大久保、三郎、有馬の各々の立場や思想を描いてこなかったツケですね。唯一の見どころは三郎のブチギレシーン。

 

 

三郎が視聴者の気持ちを代弁した!

 

恐らく、製作者は三郎を憎々し気に描きたかったのだと思いますが、豈図らんや、視聴者の多くは三郎の言い分を支持したでしょう。近年、三郎を再評価する動きが顕著になっておりますが、結果的に本作もその流れを後押ししたことになるのかしら。三郎贔屓の私は本作に感謝するべきなのかも知れません。

 

 

3.落ちろカトンボ

 

西郷信吾「ないごて……ないごてこんなこつに……(泣

 

うるさい、黙れ。

戦う気がないなら下がっていろ。

 

上記のように寺田屋事件に至る描写は完全に欠落していたものの、殺陣自体は血飛沫も飛びまくりで結構緊迫感ありました。騒乱を収めた大山サァが敵味方の血を拭った懐紙を一蔵サァの懐に捻じ込む場面もGOOD。血を流すことなく、綺麗事で全てが収まると思うなという大山サァの無言の抗議ですね。

しかし、そんな場面もチャンチャンバラバラの修羅場をオロオロとウロつく信吾の醜態で台なし。何なの、コイツ。そもそも、信吾はのちのGTOと一緒に二階にいた筈ですけれども……いや、史実通りにやれということではなく、信吾を一階に下げたことで物語に生じたデメリットが明らかにメリットを上回っているのよね。邪魔。単純に邪魔。明らかに場面の空気を損なっている。Gディフェンサーから分離したコアファイターで戦場をうろつくカツと同じ種類のウザさ。先週に続き、今週も醜態を晒した本作の信吾。この物語の制作陣って、本当は西郷一族のことを好きではないんじゃあないかとさえ思えてきました。

 

次回、誰も望んでいない第二次島編へ突入!

 

海江田信義「やっと島から帰ってきたち思ったら、また島送りとはのう……笑うしかなか」

 

俊斎が視聴者の気持ちを代弁した!

 

 

 

 

 


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