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荒川弘版『アルスラーン戦記』第57&58&59章感想(ネタバレ有)

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三カ月ぶりとなる『荒川版アル戦』感想記事。特に深い原因はなく、純粋に感想を書く時間と根気が続かなかったという個人的な理由のためです。昨年末に発売された原作最終巻の衝撃の余波ではありません、多分。その田中センセは四月号の巻末コメントで、

 

田中芳樹「中国の宋の時代を舞台にした新作小説、順調に筆が進んでいます」

 

との旨を発表。公にコメントする以上は上梓の時期も見えていると信じたいですが、何分にも遅筆で知られる御方ですので、一度ドツボに嵌ると筆がピクリとも動かなくなるのではないかとの(自分の感想記事の遅れを遠い棚にあげた)不安が拭えません。題材については先月、友人と色々と議論した結果、消去法で包晴天孟珙ではないかという仮説で落ち着きました。何れにせよ『創竜伝』の完結は暫くお預けになる模様……まぁ、拙劣に手をつけられて竜堂四兄弟が小早川奈津子に鏖にされるという類のオチになるよりはマシと思うことにしましょう。何せ『アル戦』がああでしたからね、仕方ないね。

尚、現時点では他にも『龍帥の翼』と『ブララグ』の感想記事も滞っていますが、ちょっと手が回らなそうなので、そちらのほうは暫く封印することにしました。何卒、御了承頂けると幸いです。今回は三カ月分まとめての感想なのでポイントは7つと多め。下記のポイント以外ではヒルメスの陣営に情報を持ってきたパルス人が『自分たちはイアルダボート教に改宗した』と虚偽の申し開きをする場面が秀逸でした。原作にはない描写ですが、確かにヒルメス軍は形式的にルシタニア軍に属している以上、パルス人が好き好んで出入りする筈がありません。このワンクッションで物語のリアリティが一桁UPしていると思います。神は細部に宿る。蓋し至言ですね。

 

 

1.ジュスラン「稀によくある」

 

アンドラゴラス「『オスロレスの妻に子が生まれれば』王統は続く。『ただし』」

サーム「? 『ただし』?」

アンドラゴラス「ゴニョゴニョゴニョゴニョ」

 

原作ではアンドラゴラスの口からガッツリと語られたヒルメス出生の秘密。アンドラゴラスが述べたように彼が嘘をついているかも知れない&アンドラゴラス自身が誰かに騙されているかも知れないものの、読者の間ではパルスの史実として認知されている事案でしたが、原作と異なり、この場面のネタバレは回避されました。実際、原作では王家の秘密が明かされてしまって以降、己をパルスの正統なる国王と自負するヒルメスの言動全てが、読者の目にはピエロ同然に映ってしまっているので、この改編はアリだと思います。ダリューンに匹敵する武人であり、敵にナルサスさえいなければ、パルスの王位につけたかも知れない器量人として設定しておきながら、要所要所でヒルメスsageに余念のない田中センセは、恐らくはヒルメスが好きではないことが窺えます。多分、ギスカールのほうがランキングは上でしょう。

 

 

2.ぐう有能

 

ボダン「くぁwせdrftgyふじこlp!」

ルシタニア兵「おのれ、神旗を焼くとは罰当たりの異教徒共が! 八つ裂きにしてくれよう! 地獄に叩き込むべし!」

 

エクバターナでパルスの神々に関する書物や彫像の数々を業火に叩き込んでおきながら、この物言い。ボダンはこうでなくちゃあいけません。ルシタニア軍も序盤の狂騒が収まり、ギスカールやボードワン、モンフェラートといった理性派の苦労が描かれる頃合いになりましたが、ボダン一人は最期の最期まで登場時のテンションを維持したままで終わる稀有なキャラクターです。銀英伝のアンドリュー・フォークに通じるものがありますね。同じ悪役、敵役、憎まれ役でもギスカールやラングといったキャラクターにも一定のファン層が存在しますが、フォークとボダンのファンという方は寡聞にして存じあげません。まぁ、ギスカールやラングは人間的にアレでも一応有能だからね。

有能といえば、この三カ月分の連載の中で最も有能なのはサームでもヒルメスでもなく、上記のボダンの声にならない怒声を翻訳したルシタニア兵でしょう。あんな人外の絶叫をよく聞き取れたものです。尤も、彼が気を利かせて『聖堂騎士団は自重せよ』と翻訳していたら、パルス軍に手痛い敗北を喫することもなかったかも知れません。『主、誤テバ背キテモ之ヲ正ス、即チ之ヲ忠トイフ』。真の能臣とは上司の考えを斟酌するだけでは務まらないんやね。

 


3.エルラッハ「敵前回頭は危険」

 

ルシタニア騎士「イアルダボート神に栄光……あれ?」

クバード「悪いな、酔っ払ってて加減がわからん(ズバー

 

恐らくは素面でも手加減する気は全くなかったに違いないクバードさん。先月号で『生きていればこそ、気に入らんルシタニアの阿呆共をぶった斬ることもできる』と豪語していたのを忘れてしまっているようです。敵軍のみならず、味方のザンデからもドン引きされるレベルの暴れぶりを見せておきながら、よくもいけしゃあしゃあと……まさに『ホラ吹きクバード』の面目躍如。

この場面、何気に好きなのはルシタニア聖堂騎士団の戦術もキチンと描いていること。原作ではヒルメスに側背を衝かれながらも、パルス軍の本陣目指して猪突猛進するだけの聖堂騎士団でしたが、本作では前面と側背から包囲される前に敵中を突破~丘陵地帯の頂上で部隊を再編~斜面からの逆落としを食らわせるつもりで動いていたと描かれていました。なかなかの臨機応変ぶりです。ボダンがアレなだけで、聖堂騎士団自体は結構手ごわそう。まぁ、そんな聖堂騎士団の反応を事前に全て読み切っていたからこそ、サームは丘の陰にクバードの部隊を伏兵として潜ませていたのでしょう。サーム、なかなかの策士。城塞戦のスペシャリストという設定ですが、平地での会戦にも長じているようです。

 

 

4.美女は国の宝

 

クバード「ここしばらく、放浪がてら目につくルシタニア兵をぶった斬っておったのだが……その中で『アトロパテネでカーラーンが寝返ってくれたのでパルスに勝てた』とほざく奴がいてな」

ザンデ「裏切ったのではない! 父は誰よりもパルス王家に忠誠を尽くしていた! 裏切りではない……! 裏切りでは……」

 

その用兵と同じく、最初の一手で相手の急所を直撃するクバードの容赦ない口撃。完全にハナからヒルメスに対して、喧嘩腰で臨んでいます。のちにアルスラーンの元に参じた時はファランギースがいたから大人しく従っただけで、美人の仲介人がいなければ、アルスラーンに対しても無礼な物言いで臨んだ可能性大。逆にいうとヒルメス陣営の弱点はナルサスのような軍師の不在よりも、ギーヴやクバードといった好色漢を繋ぎ留めておく美女がいなかったことといえるかも知れません。

父親を裏切り者呼ばわりされたザンデさん。某スズムシのように『裏切ったのではない。表返ったのだ』と開き直れればよかったのでしょうけれども、そういう臨機応変さ、或いは節操のなさとは無縁なのがザンデの長所であり、欠点です。しかし、クバードにはヒルメスがパルスの正統なる王位継承者であることをサームが明かしているのですから、ここは、

 

ザンデ「ルシタニアに味方したのは一時の方便! 機会を見て連中を追い払い、パルスの正統なる王位を復活させる!(キリッ

 

と素直に話しても問題なかった気もします。まぁ、素直に話したところでクバードが味方になる可能性はゼロなのですが、少なくとも、気分的にはスッキリするでしょうし。或いは上記レベルの台詞が咄嗟に口をついて出ないくらいに朴訥なのでしょうか。それはそれで、ヒルメス陣営の深刻な人材不足を象徴するシーンではありますが。

 

 

5.グロ注意!

 

サンジェ「偽の密書を掴まされたうえに、この有様……お役目を果たせず、申し開きのしようもございません」

 

ナルサスが仕掛けた味方への『人間性クイズ』最大の被害者であるサンジェの焼き土下座シーン。しかし、亡きヴァフリーズとバフマンしか内容を把握していない密書が、何も知らない魔導士に簡単に贋物と判ってしまうのも意外な気がします。ナルサスのことですから、奪われたあとの時間稼ぎも考えて、一見もっともらしい文面を記入しておいてもおかしくありません。魔導士が密書を贋物と判断した基準が知りたいものです。やはり、以前の記事で予想したようにデカデカとハズレと書いてあった可能性大。

そして、贋物を掴まされたとはいえ、片腕を喪ってまで任務を果たそうとしたのですから、読者的にもサンジェへの温情措置を期待していましたが、まさかの、

 

「わしは今、機嫌がよい」 咥内&傷口への毒蛇注入

 

というハイパー御仕置グロ展開。原作にはないオリジナル&ページを跨いだ『めくり』の仕掛けで、サンジェの驚愕を読者にも疑似体験させる荒川センセ半端ねぇ。

 

 

6.Don't Think. Feel.

 

ジャスワント「やかましい! 俺が黒犬なら貴様はなんだ! まぬけ面のロバめが!」

ザラーヴァント「このっ……シンドゥラ語はわからんが、賞賛されてるのではないことはわかるぞ!」

 

自慢にならないことを大声で主張するザラーヴァント。相手の言語は判らないが、悪口だけは理解できる勘のよさは『修羅の門』の陣雷に通じるものがあります。尤も、ザラーヴァントは個人的な武勇のみならず、土木建築の才にも恵まれたテクノクラートの側面もあるので、陣雷と比較されるのは不本意かも知れません。日本史でいうと加藤清正のような存在でしょうかね。陣雷? 鬼武蔵か狂犬富田やろなぁ(適当)

そのザラーヴァント。基本的にコミカライズとしては申し分のないクオリティを誇る『荒川版アル戦』で数少ない欠点といいますか。コロコロのバトル漫画で主人公に最初にボコられるライバルキャラにしか見えないんだよなぁ。もうちょい、デザイン的に何とかならなかったものでしょうか。確かに『童顔を気にしている』という設定はあるものの、あまりにも幼過ぎる感じです。今回、共にアルスラーンの元に参じたイスファーンと比べるとなぁ……というか、イスファーンはファンの間でもイケメン設定になっているけれども、原作には一言も書いていないと思ったのですが。

 

 

7.三十年目の真実

 

ヒルメス(なぜに奴にばかり将兵が集まるのだ……! 正統のこの俺に何が足りぬというのだ……!)

 

『アルスラーンの元に続々と諸侯が集結している』との報告にジェラしいヒルメス殿下。自分の元に人材が集まらない原因に全く無自覚のヒルメスですが、直前のサームの『アルスラーン殿下』という発言に対して、

 

ヒルメス「『殿下』というのは正統の王族に対してのみ、与えられる呼称だ!」

 

と王者にあるまじき『せせこましさ』で訂正を求める狭量が最大の要因でしょう。読者には判りやすく、しかし、ヒルメス本人には全く自覚がない。非常に巧い構成です。

他にも原作ではよく判らない理由で仮面を外したヒルメスですが、本作ではクバードの嫌味タラタラの捨て台詞を受けて、ザンデやサームに素顔を晒す=部下への信頼を表現するという解釈になっていました。これも巧い。いや、多分、田中センセもこういう意図で書いたと思いますが、それを敢えて文章にはしなかった。登場人物の心情を全部言葉にするのは二流三流の作品です。むしろ、その意図を荒川センセが汲み取って描くまで三十年間も気づかなかった私のほうに問題アリですね。素直に反省。そして、ヒルメスの信頼を自覚したうえで、敢えてヒルメスのトラウマである火を用いることを提言するサームという展開も燃える。ザラーヴァントの一件では色々と文句を垂れましたが、改めて荒川センセがコミカライズしてくれてよかったと思えた内容でした。

 

 

 


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