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荒川弘版『アルスラーン戦記』第51章『神々の裁き』感想(ネタバレ有)

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田中芳樹「原作『アルスラーン戦記』最終巻、脱稿。30年の長旅、皆様に心から感謝」

 

連載五十一回目を雑誌の表紙&特製クリアファイル、そして、原作者からの『最終巻脱稿』という、このうえなく喜ばしい知らせで飾った荒川版アルスラーン戦記。三十年で全十六巻の刊行というのは、平均すると二年に一冊のペースなので、必ずしも遅筆とはいえないように思えますが、如何せん発刊の間隔に疎と満があり過ぎたんだよなぁ。艦隊司令官グリンメルスハウゼンと分艦隊司令官ラインハルトの平均年齢が四十七歳=当該艦隊は働き盛りという平均値への皮肉に通じるものがあります。

しかし、何はともあれ、最終巻の脱稿は慶賀の至り。これで荒川センセも心置きなく、執筆に集中できそうです。尤も、こちらはこちらで連載開始から四年で原作三巻の後半付近というスローペース。このままいくと完結までに二十年前後はかかる計算に……人間であれ、作品であれ、子供は親に似るものなんやね(遠い目)。そんな今回のポイントは4つ。

 

 

1.逆ブライトさん

 

ガーデーヴィ「殺れ! バハードゥル! 好きに斬り刻め!」

 

勝利を確信したガーデーヴィ満面の笑みが扉絵。今が多分、彼の人生のピークでしょう。更にバハードゥルの敗北に対する呆然、神前決闘の結果への憤怒、父王に武力で譲位を迫る脅迫といった具合にコロコロと表情が変わって、実に面白い。今回はガーデーヴィの顔芸を愛でる回と評してよいでしょう。この点、意外にもラジェンドラの顔芸は平凡な水準に留まっていました。まぁ、ラジェンドラは色々な意味で口で稼ぐタイプなので、ガーデーヴィのようにリアクション芸を磨く必要はないのかも知れません。身体を張るタイプのガーデーヴィと言葉のセンスに富んだラジェンドラ。この二人が組んだら、水準の高いバハーネ(漫才)のコンビになる予感がします。仲が悪いほどにいいタッグになるのは漫才もプロレスも二遊間の守備も同じですね。のちに描かれると思いますが、ラジェンドラのガーデーヴィに対する『俺たちは他人同士ならうまくやれたかも知れない』という述懐は正しいのかも。

 

 

2.どちらが勝つとはいっていない

 

ナルサス(そろそろ終わりだな)

 

原作では会場の誰も見えなかったダリューンの勝機を察した軍師の台詞でしたが、漫画版ではガチで勝負を諦めているようにも見える場面でした。折れた長剣に固執~捨て身の肉弾戦に持ち込むことで、バハードゥルの意識から完全に隠し通していた短剣でのトリッキーな逆転劇。これはナルサスよりもギーヴの領域に近い発想です。ナルサスは案外、ガチで『投げていた』のかも知れません。そう考えると、ラジェンドラとガーデーヴィの乱闘の際にも、古典兵法の三十七番目しか打つ手がなかったのも納得です。神前決闘の貢献度は、

 

ダリューン>>>>>越えられない壁>>>>>ダリューンに橋を用意したシンドゥラ兵士>>>バフマン>>>ギーヴ&ファランギース>>>エラム&アルフリード≧ナルサス

 

ということになるのかな。戦闘に貢献していないギーヴやファランギースも解説役としては優秀でしたからね。

 

 

3.神の存在意義

 

ガーデーヴィ「神々が間違っている!」

ファランギース「」

ギーヴ「あの王子様、今ごろ気づいたらしい。神々はいつだって間違うし、間違った結果を人間に押しつけるものさ」

 

ガーデーヴィの瀆神の発言に対するギーヴの皮肉。全く、神々(乃至は神の代理人)は人間に間違った結果を押しつける存在ですが、この場面はギーヴの隣にファランギースを置いた荒川センセの構成力に脱帽しました。女神官のファランギースは勿論、ガーデーヴィの言葉を許容することはできませんが、現在のパルスが置かれている状況を考えると、ギーヴの言葉を真正面から否定できないのも事実。しかし、神から一方的に与えられた結果でなく、人間の側から神々に下駄を預けた事案の結果には素直に従わなければならない。そうでなければ、人間は最後の裁定機関を失ってしまう。理不尽や不条理を飲み下す機能としての神の存在。そうした視点からガーデーヴィやギーヴの言葉を評するために、敢えてファランギースを同時に描いたのではないかと思いました。

 

 

4.軍師の株、ストップ安

 

バフマン(ここでアルスラーン殿下が身罷られれば、あのお方の名の元にパルスは一つにまとまる……何の問題も無くなる……何も……!)

 

原作ではバブマンを狙っていたガーデーヴィの投槍ですが、漫画版ではアルスラーンにロックオンされていました。バフマンが庇ったからよかったものの、何気にアルスラーンがガチで生命を落としかけた場面。またしてもナルサスの不手際が目についた事案です。尤も、原作のナルサスは色々な意味でチート級の存在なので、これくらいの隙があったほうが、逆にリアリティがあるのかも知れません。

バフマンもバフマンでガーデーヴィの投槍モーションを視認しているのですから、身体ごと止めに入らなくても、彼の技量からして、剣で叩き落すくらいのことは出来たと思いますが、ヒルメスの存在を思った一瞬の躊躇が、老練のバフマンの反応を遅らせたのか。それとも、或いは如何に【ネタバレ厳禁です】とはいえ、王太子の死を願った己への罰であったのか。個人的にはヒルメスとアルスラーンの秘密を墓場まで持ち込むための自殺行為であったと思います。アルスラーンの秘密だけでも、一人で抱え込めなくなったヴァフリーズがバフマンにおっ被せてきたほどなのに、そこにヒルメスの存在も重なっちゃったからなぁ。

 

 

 


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