Quantcast
Channel: ~ Literacy Bar ~
Viewing all articles
Browse latest Browse all 909

『赤龍王』を継ぐ者

$
0
0

どんなに性に合わない作風の漫画家にも、気に入る作品はある。
私は本宮ひろ志氏の漫画が苦手で、代表作の『俺の空』を筆頭に『男一匹ガキ大将』や『サラリーマン金太郎』の面白さが判らない。『夢幻の如く』や『天地を喰らう』は歴史系ゆえ、それなりに楽しめたものの、これらに勝る戦国漫画、三国志漫画は他に幾らでも挙げることができる。しかし、

本宮ひろ志傑作選-赤龍王- 全5巻完結(文庫版) [マーケットプレイス コミックセット]/集英社

¥価格不明
Amazon.co.jp

この作品は今でも私的歴史漫画のベスト3から漏れたことがない(@の2つは『蒼天航路』と『へうげもの』)。楚漢戦争を題材にした日本の作品としては、司馬遼太郎氏の小説『項羽と劉邦』や、久松文雄氏、横山光輝氏の同名漫画があるが、作品としての奥行きの深さは兎も角、入門書としては『赤龍王』に及ばない、と今でも思う。兎に角、メチャクチャ面白い。
何が凄いかって、主人公の項羽と劉邦がなかなか出てこないのである。初回は始皇帝の恐怖と韓信の股くぐりエピソード。第二回は彭越党の結成。三話目で初めて項羽と劉邦が登場する。しかも、両名は同話途中でフェードアウトして、物語は張良による始皇帝暗殺未遂事件に移り、更に鯨布の脱走劇を経て、漸く劉邦の活躍が始まる。否、正確には活躍というほどのこともなく、沛の町でのゴロツキまがいの暮らしの描写が結構長く続く。実をいうと連載が始まった当時の私は中国史に疎く、項羽と劉邦という名前さえ知らなかったので、予備知識のない序盤の描写では誰が天下を獲るのか……というよりも、如何なる物語が始まるのかさえ予想しえなかったが、それだけに物語を純粋に楽しむことができた。これが第三話で、

「のちに天下の覇権を賭けて争う項羽と劉邦、その出会いであった(ドヤァッ

などという解説が入ったら、興醒めして続きを読まなかったに違いない。誰が主人公か判らないという面白さが本作にはあった。尤も、あまりにも特殊な作風に読者の多くはついていけなかったのか、本作は項羽が宋義を斬るところで掲載誌が変わり、終盤は完全書下ろしになってしまうのであるが……。
本作は基本的に久松氏の漫画と司馬さんの小説を基に描かれているが、オリジナル要素も存在する。その白眉は虞美人の設定であろう。何と虞美人は物語の序盤では劉邦の妻になるのだ。史実を知る人間には荒唐無稽極まる設定であるが、このストーリーが本当によくできていて、私などは虞美人が本邦における額田王のような存在なのだと本気で信じていた時期があった。史実で項羽が、劉邦と天下の覇権を賭けて争う時期になっても、劉邦陣営からのアカラサマな時間稼ぎの和睦の申し入れに、素人目に見ても馬鹿なんじゃないのかと思えるレベルでホイホイと乗ってしまう(それも何度も)のだが、これが『赤龍王』では虞美人にベタ惚れした項羽が、彼女を劉邦の人質に取られたがゆえに決定的な総攻撃を躊躇する動機づけになっていて、このうえなく、作中で機能的に働いているのだ。
ついでにいうと、本作の虞美人は本宮ひろ志氏のキャラクターに対する愛着のメタファーでもある。上記のように本作の虞美人ははじめ、劉邦の妻となる。恐らく、本宮氏も最初は劉邦に感情移入していたのであろう。本宮作品では概ね、

何かというとドアップで怒号するか、ガッハッハッと爆笑したがる、見るからに頭の悪そうな容貌をしたキャラクター

が主人公と相場が決まっている。その意味でも物語中盤までは間違いなく、劉邦が主人公であった。その点、項羽は時に激情を発することはあっても、基本的にスカしたキャラクターであり、戦場以外で感情を爆発させることは稀である。本作の創作の一つである項羽の捕虜二千人ぶった斬り事件の時も、声に出して感情を発露していない。ところが、中盤過ぎで項羽が劉邦から虞美人を強奪する辺りから、明らかに項羽のほうが本宮的主人公の頭の悪さを身に着けていくのだ。そもそも、劉邦から虞美人を強奪するシーンからして、それまでの項羽のキャラクターではあり得ない『ガッハッハッ』という高笑いを仕出かしている。実際、最終巻付近の項羽の口の悪さは下手な芸人顔負けの面白さだ。

「あのどん百姓めが関中を落としただとォ!」
「図に乗りおって……あのドロ熊がぁー!」
「根性の腐り切ったドブネズミめぇー!」


この頭の悪さと正比例する台詞の勢いは、まさに本宮作品の真骨頂といえよう。逆に劉邦のほうはこれ以降、高笑いする場面は数えるほどしかなく、事実、本作における劉邦は『項羽の首を取った者は万戸侯にするぞ』という、主人公とは思えない生臭い台詞を最後に物語から姿を消す。いっそ、清々しいほどの掌返しである。本宮氏は次回のネームを考えずに今回のペン入れをするという出たとこ勝負の漫画家であるが、本作の項羽と劉邦と虞美人の関係を考えると、全てがなりゆき任せようでもあり、緻密に全体の構成を練っていたようにも思えて、実に興味深い。そういった作品の周辺に思いを巡らす楽しみも本作にはある。
キャラクターの魅力も本作の楽しみの一つである。楚漢戦争を題材にしているにも拘わらず、本作には陳平も広野君も陸賈も灌嬰も龍且も出てこない(陳平による滎陽脱出計画は曹参の作戦になっている)が、その分、登場するキャラクターが滅茶苦茶濃ぃいので大した不満にはならない。最強武将の項羽の戦いは、どの戦場でも圧巻であり、最終戦で一太刀で相手の顔面を六分割する件は、呆れるのを通り越して、純粋に凄いと思ってしまった。項羽の他では韓信が秀逸であり、彼の用兵の真骨頂たる『背水の陣』の戦いは見開きダイジェストでスルーされたにも拘わらず、当時の私は一目で韓信贔屓になってしまった。これは完全に外れていると自分でも理解している妄想であるが、飄々とした掴めない為人といい、長剣の腕前といい、機略縦横の智者ぶりといい、本作の韓信は『海皇記』のファン・ガンマ・ビゼンのモデルではないかと勝手に思い込んでいるほどだ。キャラキター同様、本作は全体的にダイジェストの雰囲気が濃厚で、肝心要の項羽と劉邦の本格的な天下争奪戦は殆ど駆け足で終わっているが、入門書としてはこれでいいと思えるのも事実である。
兎に角、私は『赤龍王』が好きで好きで大好きで、ニコ生で『一人漫画夜話』をやることになっても、一時間くらい喋り続ける自信があるのだが、畢竟、何がいいたいかといえば、

川原正敏『龍帥の翼』月刊マガジン4月号より連載開始

についてである。
いや、嬉しいよ! 川原センセがいう『他に構想していた二作品』は『修羅の門・第参門』か『ふでかげ』の続編ではないかと思うので、その中で張良を主人公にした物語を選んで下さったのは本当に嬉しい。日本では三国志を舞台にした作品はあっても、楚漢戦争を取り扱った作品は意外と少ないので、私が『赤龍王』で中国史に目覚めたように、本作から歴史に興味を抱く方が一人でも多く生まれるように願ってやまない。私的にも取り敢えずは第一話の感想書きたくなる題材というのもありがたいかぎりで、私なりの張良像とかも語る契機になると思うが、一方で『龍帥の翼』が私の中の『赤龍王』を越えられるかというハラハラ感もある。川原センセは歴史上の人物に自身のエモーションを乗せるのは得意でも、新しいロジックを提示したケースは少ないからなぁ。あとは途中で徒手空拳技を使うキャラクターを描きたくならないか心配。『海皇記』もラストのクラッサ・ライとのバトルは見るからにイキイキしていたんだよなぁ。剣や拳のみの戦いでは満足できずにサブミッション系の描写が出てくるのではないか……いや、それはそれで陸奥の先祖としてアリかも。あとは張良のキャラクター。この人、意外と史実では派手な活躍が少ないのだ。一番盛りあがるエピソードは劉邦と出会う前の始皇帝暗殺未遂事件なので、なかなかに主人公として扱うには技量が要る。姜子牙の容貌にアル・レオニスの性格というキャラクターになるのではないかと予想してみるが、果たして?

何れにせよ、月マガ次号から始まる『龍帥の翼 ~史記・留侯世家異伝~』は必見。感想も必ず書くつもりでいる。新たなる楚漢戦争の開闢に括目せよ!


Viewing all articles
Browse latest Browse all 909

Trending Articles